ウイングパス誕生の軌跡

アイフルホーム横浜西店
株式会社ウイングパス

代表取締役 赤尾太郎

良い家をつくる

Story01. 「 私と、父と、アイフルホーム 」

私は、今、アイフルホーム横浜西店の社長をしております。
しかし、5年前まではサラリーマンでした。
どんなところに勤めていたか? といいますと、
「株式会社アイフルホームテクノロジー」
(現 LIXILグループ アイフルホーム)

そう、全国のアイフルホームフランチャイズチェーン本部です。
入社は、もう、数十年も前のことです。
私は、全国の加盟店様の経営指導をする「経営管理部」という部署で働いておりました。

実をいうと中途入社です。
その前の職は、横浜で、ある部品の販売会社の営業職でした。
その当時の思い出は、とにかく朝から夜、いやいや毎晩夜中までよく働いた記憶があります。
(働かされた、が正解ですが)

ただ当時、私の中にはいつも「これが俺の一生の仕事でいいのか?」という迷いがありましたが、22歳の時に、1度目の転機が訪れました。

父親が、勤めていた銀行の支店長時代から親交の厚い同僚の方が、アイフルホーム本部に出向していた関係で、その方から「元気とやる気のある社員を募集している」とのご紹介をいただき、父が私に「将来性のある会社だ、転職する気はないか?」と薦めてくれたのです。

“父が、俺に・・・!?”

私は、大変驚きました。
なぜかと申しますと・・・
当時父と私は、ほとんど会話のない距離のある親子で、何でも話し合えるような関係でもなくましてや、仕事の相談をするような関係ではなかったからです。

本当に月に何度か、しかもホンの少し会話をする。それだけの親子関係でした。
(今思えば、あの頃、もっともっと父と会話をしておけばよかった、と後悔しているのですが・・・。)

父の薦めもあり、この話に興味をもった私は率直に、「アイフルホーム」という名前になぜか惹かれ心がワクワクしたことを憶えています。
人生で一番高い買物である 『 家 』 を売る仕事だということに。

そこに、やりがいのようなものを一緒に感じました。

“男子一生の仕事としてのやりがい”を求め一転、まじめ人生を志した私は、 面接試験を4回もされた末に・・・

念願の 『 アイフルホームFC本部 』 への入社が決定しました。

晴れて入社した私がまず配属されたのは、全国の加盟店様へパソコンの使い方やCADや見積りソフトの操作方法を指導する部署でした。

パソコン・・・? もちろんほとんどわからない私は、毎日猛勉強して覚えました。

それからというもの、それはもう毎日が全国行脚の連続で、体力的に自信のあった私も、少々面食らったほど。
でも、実はこの時に『人に教えることの嬉しさ、大変さ、すばらしさ』を学ばせてもらいました。
その時のことは今でも新鮮に心に残っています。

中でも一番嬉しかったことが・・・
息子としてかなり照れくさかったのですが、仕事で学んだことの報告も兼ね、ある日父親へ

「お父さん、ありがとうございました。本当にやりがいのある仕事が出来ています」とお礼を言った事がきっかけで、以前とは違う 『 父と息子 』 になれました。とはいってもお酒を酌み交わすようなことはありませんでしたけどね(苦笑)


Story02. 「 アイフルホームで学んだ家づくりの喜びと、経営の本質 」

その後の私の仕事ぶりはというと、パソコン関連の部署で半年ほどを順調に過ごしてきた頃、会社の意向で大きな人事異動があり、「フィールドカウンセラー(スーパーバイザー)」という任務を命ぜられました。
全国で展開するフランチャイズチェーン本部としては、この時期こそ、「加盟店様とのつながりを強化して、アイフルホームを不動のハウスメーカーにする」との大号令が発され、そのFC加盟店との接点役である「カウンセラー集団」を強化するための社運を懸けた人事異動だったようです。

その中になんと入社半年、しかも対象者の中では最年少だった私も、その一員として指名され、最年少カウンセラーとしての新たな道がスタートしました。
とはいえ、今度の部署でも私は住宅のことが解らないことだらけでした。以前同様、いやそれ以上とにかく猛勉強しました。
しかし、本当の意味で勉強となったのは、カウンセラーとして毎月1度か2度、自分の担当FC加盟店様に訪問させていただき、FC加盟店の社長様や、店長様、社員の皆様との生の会話でした。

本来であれば、FC本部であるこちらが指導しなくてはいけないのですが、どこのお店の方々も本当に親身になっていろいろと教えてくれました。

そして、私はその教えられたことを同じような問題で困っている他のお店の方々に伝え、そしてまたそのお店で教えられたことを他の店へと、「成功事例の横展開」を心掛けていきました。これこそが、フランチャイズ(FC)の良いところ、まさに真髄でした。
カウンセラー業務も、かれこれ数年がたった頃には、成功体験を次から次へと伝えられる程にも。

その当時は、アイフルホームは毎年2割増くらいで棟数を増やし、木造在来工法の注文住宅部門では、全国で第2位まで躍進。しかも、当時の株式市場では最短記録の7年で店頭上場を果たすこともできました。
とてつもなく勢いがあり、仕事は大変だったけれど、とにかく充実感があって楽しかったことを覚えています。

毎月毎月、担当加盟店に訪問を繰り返すことで、営業マンの仕事、現場監督の仕事、加盟店(工務店)の業績向上のための経営論、現場環境の向上、無駄の排除、人材育成の大切さなど、工務店経営に不可欠な数多くのことを学ぶことができ、加盟店様と共にがんばった証が、業績向上という結果として現れることで、本部と加盟店との共存共栄をしっかり意識できた、私にとっては、まさに掛替えのない体験でもありました。

今思えば、25歳そこらの若輩者に、真剣に話をしてくれた加盟店の社長さんたちにただただ感謝するばかりです。

一方、実際の建築現場も数多く視察し、地鎮祭や上棟式、そしてお引渡しなどにも立ち会う中で、お客様が本当に喜んでくれている姿を見て、『 これが、私のやりたかった仕事だ 』 と実感したのもこの頃でした。
私は、このアイフルホームが大好きになり、

『 こんなにすばらしいアイフルホームの家を、いつか自分の手で、直接、お客様に建ててあげて、いつも笑顔で喜び溢れる幸せ家族をいっぱいつくりたい!』と、真剣に考えていました。


Story03. 「 いざ起業! アイフルホーム横浜西店 」

FC本部の社員として、カウンセラー時代を過ごしてきた私に、3度目の転機が訪れました。
それが、『経営管理部』」という部署への異動です。

経営管理部というのは、「企業再生」と「企業整理」の2つの仕事がありました。
ほぼ毎日、加盟店の決算書を読みつづける日々が続くかと思うと、加盟店へ何週間も入り込んで経営指導することもありました。
営業、工務、そして銀行対応。
待ったなしで仕事をこなしておりました。

そんな中、私の地元横浜のFC加盟店の社長から、後継者が居ないことや現状の不安、少しだけ経営不安もあり、悩みを打ち明けられ相談を受けていました。
その社長は、アイフルホームFC本部に入社してからずっとお付き合いがあり、どんな小さなことでも話し合える大好きな社長さんです。

そしてある日、その社長から、「赤尾君、ここ横浜の地でアイフルホームをしていかないか?」、「私の社員を、お客様を、そして業者さん、職人さんを守ってくれないか!」と打ち明けられたのです。

たしかに、その時の自分には経営指導での経験や方策はあります。
でも、それはあくまでサラリーマンとしての立場の中であって、自らが経営者となると・・・。

しかし、これぞ天命!今、俺がやらなくて、誰がやる!

こうして私は地元横浜で、しかも念願のアイフルホームで独立したのです。


Story04. 「 ウイングパス に込めた想い 」

全国にフランチャイズ展開するアイフルホームの加盟店である弊社の会社名は、株式会社ウイングパスです。
私は、この会社名を、こんな想いで名付けました。

「ウイング」+「パス」(パスポート)

「ウイング」 = 翼をイメージ。わが社に携わる人に大きく羽ばたける翼を持たせたい。そして、持たせていただきたい。それは社員にも、お客様にも、協力業者様にも。

「パス」 = 情報をパスし合う。ゴールに向かってパスし合う。社員も、お客様も、協力業者様も、同一目線で成功に向かって助け合う。

「パスポート」 = 翼と絶妙な情報のパスが、幸せのチケットになる。そのためには、しっかりと社会貢献し、お客様満足・社員満足・業者満足の三方良しの精神で成長し続ける。

良い家に住むことは万人の願い。
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